SaaSの利用規約と利用契約の違いとは?弁護士解説(SaaS③)
SaaSビジネスを展開するにあたり、「利用規約だけで十分なのか」「個別契約も用意すべきなのか」という疑問を持つ事業者の方は少なくありません。特にBtoB領域では、顧客から契約書の締結を求められることも多く、利用規約と利用契約(個別契約)の関係をどう整理すべきか悩むケースが増えています。
本記事では、利用規約と利用契約の違いを明らかにし、それぞれの役割分担について解説します。自社のSaaSビジネスに適した契約設計を考える際の参考にしていただければ幸いです。
この記事の想定読者
- SaaS事業を始めた、または拡大している事業者の方
- 利用規約だけで足りるのか、個別契約も必要なのか迷っている方
- BtoB SaaSの契約設計を整理したい方
- 規約、申込書、個別契約の役割分担を理解したい方
前回の記事のおさらい⇒⇒SaaS法務の始め方|整備すべき書類一覧と優先順位(SaaS②)
結論|利用規約と利用契約(個別契約)は「役割」が違う
まず押さえておきたいのは、利用規約と利用契約は対立するものではなく、それぞれ異なる役割を担う契約書類だということです。
利用規約=全ユーザーに共通するルール
利用規約とは、サービスを利用するすべてのユーザーに対して一律に適用される共通ルールです。サービスの利用条件、禁止事項、免責事項、知的財産権の帰属など、個別交渉の余地がない基本的な事項を定めます。
利用規約は「定型約款」(民法に定められた、多数の取引に画一的に適用される契約条項)として機能することが多く、ユーザーが同意することで契約内容となります。
利用契約(個別契約)=特定の顧客との個別条件
一方、利用契約(個別契約)は、特定の顧客との間で個別に合意する契約です。料金プラン、契約期間、SLA(サービス品質保証)、秘密保持義務の詳細など、顧客ごとに異なりうる条件を定めます。
BtoB SaaSでは、顧客の要望に応じてカスタマイズした条件を個別契約で定めることが一般的です。
なぜSaaSでは両者を分けて考える必要があるのか
SaaSビジネスの特性|不特定多数×継続利用
SaaSは、不特定多数のユーザーに対して継続的にサービスを提供するビジネスモデルです。すべてのユーザーと個別に契約交渉を行うことは現実的ではありません。そのため、共通ルールは利用規約で定め、必要に応じて個別条件を別途合意するという二層構造が合理的です。
BtoBとBtoCで求められる契約設計の違い
BtoC SaaSでは、利用規約のみで契約関係が完結することがほとんどです。一方、BtoB SaaSでは、企業間取引として契約書の締結を求められることが多く、利用規約に加えて個別契約や申込書を用意する必要性が高まります。
利用規約だけでは対応できないケースがある
大口顧客との取引では、標準的な利用規約の条件では対応できないことがあります。たとえば、損害賠償の上限額の引き上げ、専用のサポート体制の提供、セキュリティ要件への対応などは、個別契約で定めることが適切です。
どちらに何を書くべきか|役割分担の整理
利用規約に書くべき内容
利用規約には、サービス提供者として譲れない基本条件や、全ユーザーに共通して適用すべき事項を記載します。具体的には、サービスの定義と利用条件、禁止事項、知的財産権の帰属、免責事項、規約変更の手続きなどが該当します。
個別契約・申込書に書くべき内容
個別契約や申込書には、顧客ごとに異なる条件を記載します。契約当事者の情報、料金・支払条件、契約期間と更新・解約条件、SLA、秘密保持義務の詳細、利用規約の修正・特約事項などが典型例です。
【一覧表】利用規約と個別契約の記載事項の振り分け
| 記載事項 | 利用規約 | 個別契約 |
|---|---|---|
| サービスの定義・利用条件 | ○ | - |
| 禁止事項 | ○ | - |
| 知的財産権の帰属 | ○ | △(修正がある場合) |
| 免責事項・損害賠償 | ○ | △(上限額の変更等) |
| 料金・支払条件 | △(標準価格) | ○ |
| 契約期間・解約条件 | △(基本ルール) | ○ |
| SLA | - | ○ |
| 秘密保持義務の詳細 | △ | ○ |
BtoB SaaSでよくある契約構成パターン
パターン①|利用規約+申込書
比較的シンプルな構成です。利用規約で基本条件を定め、申込書で顧客情報、プラン、料金などを特定します。中小企業向けのSaaSや、契約交渉が発生しにくいサービスに適しています。
パターン②|利用規約+個別契約書
利用規約に加えて、詳細な個別契約書を締結する構成です。大企業向けのSaaSや、顧客ごとにカスタマイズが必要なサービスで採用されることが多いパターンです。個別契約書では、利用規約の一部を修正する特約を定めることもあります。
自社に合った構成の選び方
どちらのパターンが適切かは、顧客層、サービスの複雑さ、契約交渉の頻度などによって異なります。まずはシンプルな構成から始め、事業の成長に応じて見直していくアプローチも有効です。
よくある誤解と注意点
「利用規約があれば個別契約は不要」は正しいか
BtoC SaaSでは多くの場合この考え方で問題ありませんが、BtoB SaaSでは必ずしも当てはまりません。顧客企業の法務部門から契約書の締結を求められることは珍しくなく、その要望に対応できる体制を整えておくことが重要です。
利用規約の変更と個別契約の関係
利用規約を変更した場合、個別契約との間で矛盾が生じることがあります。どちらが優先するかを個別契約で明確に定めておかないと、トラブルの原因となります。
弁護士に相談すべきケース
大口顧客との契約交渉が発生したとき
大口顧客から利用規約の修正や個別契約の締結を求められた場合、どこまで応じるべきか判断が難しいことがあります。法的リスクを踏まえた交渉方針の検討には、弁護士の関与が有効です。
利用規約と個別契約の優先関係を整理したいとき
複数の契約書類が存在すると、それぞれの適用範囲や優先順位が曖昧になりがちです。契約書類全体の整合性を確認し、必要な修正を行うためには、専門家によるレビューが役立ちます。
まとめ|契約書類の役割分担を明確にして事業リスクを軽減する
利用規約と利用契約は、それぞれ異なる役割を持つ契約書類です。利用規約で全ユーザーに共通する基本ルールを定め、個別契約で顧客ごとの条件を柔軟に対応するという役割分担を意識することで、効率的かつリスクを抑えた契約設計が可能になります。
自社のSaaSビジネスに適した契約構成がわからない場合や、契約書類の見直しを検討している場合は、SaaS契約に詳しい弁護士への相談をおすすめします。当事務所では、SaaS事業者様の契約設計に関するご相談を承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
Q&A
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個別契約を用意せず、利用規約だけでSaaSを運営することは可能ですか?
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可能です。特にBtoC SaaSでは利用規約のみで契約関係が完結するケースがほとんどです。ただし、BtoB SaaSでは顧客から個別契約の締結を求められることが多いため、利用規約に加えて申込書や個別契約書を用意する必要性が高まります。
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利用規約と個別契約の内容が矛盾した場合、どちらが優先されますか?
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一般的には個別契約が優先されます。個別契約は特定の顧客との間で個別に合意した内容であり、利用規約の一部を修正する特約として機能するためです。ただし、優先関係は契約書の定め方によりますので、明確に規定しておくことが重要です。
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SLA(サービス品質保証)は利用規約と個別契約のどちらに記載すべきですか?
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SLAは顧客ごとに内容が異なることが多いため、個別契約に記載するのが一般的です。全顧客共通のSLAを設定する場合は利用規約に記載することも可能ですが、大口顧客向けに上位のSLAを提供する場合は個別契約で対応します。
